このレッスンの役割
田沼政治は商業・貿易から収入を増やそうとしました。しかし1780年代には大きな飢饉と社会不安が起きます。
中心技能は、天明の大飢饉を自然災害だけでなく、食料流通・物価・政治対応を含む複合的な危機として説明することです。
何が重なったのか
1780年代、東北地方などで冷害と凶作が続きました。1783年の浅間山噴火も農地・交通・生活へ被害を与えました。
冷害・噴火など → 収穫が減る → 米の供給が不足する → 米価が上がる → 貧しい人が食料を買えない → 餓死・病気・人口減少が広がる
ただし、噴火一つが飢饉のすべての原因ではありません。複数年の天候不順、備蓄、流通、藩や幕府の救済が被害を左右しました。
米があるのに食べられない場合
別の地域に米があっても、道路・船・市場がうまく機能せず、価格が高ければ必要な人へ届きません。
飢饉は「食料の総量」だけでなく、「買えるか」「運べるか」「分けられるか」の問題です。
打ちこわしと政治不信
米価が上がる中、商人が米を買い占めていると疑われると、都市の人々が米屋や商家を壊す打ちこわしが起きました。農村では百姓一揆も増えます。
人々は、幕府・藩が暮らしを守れないことや、役人と商人の結びつきに不信を強めました。田沼政治への批判も高まり、将軍家治の死後、田沼意次は失脚します。
政策を結果だけで裁かない
飢饉が起きたから、商業政策の考え方がすべて誤りだったとは限りません。一方、経済成長を利用する政策が、飢饉時の救済や物価安定を十分に実現できなかったことは重要な限界です。
よくある間違い
「浅間山の噴火だけで全国が飢饉になった」「打ちこわしは武士の反乱」は誤りです。自然・経済・政治の連鎖と、都市民による行動を区別します。
自分で確かめよう
確認1:天明の大飢饉で重なった自然要因は何ですか
冷害・天候不順・浅間山噴火などです。確認2:食料不足以外に被害を大きくした要因は何ですか
価格上昇、流通の不足、備蓄や救済の不足などです。確認3:飢饉が政治へ与えた影響は何ですか
打ちこわしや一揆、政治不信が強まり、田沼政治への批判と失脚の背景になりました。次は松平定信の寛政の改革を学び、田沼政治と異なる立て直し方を見ます。
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