LESSON 01

揺らぐ幕藩体制

ロシア・イギリスの船はなぜ日本へ近づいたのか

ラクスマン・レザノフ・フェートン号事件を時系列で追い、貿易・漂流民送還・世界情勢を理解します。

このレッスンの役割

ここまで国内の危機を学びました。ここから国外の圧力へ進みます。

中心技能は、外国船をすべて「侵略に来た黒船」とまとめず、それぞれの国・目的・幕府の対応を時系列で区別することです。

背景は世界の変化

18世紀後半から、ヨーロッパ諸国やアメリカはアジア・太平洋へ活動範囲を広げました。ロシアはシベリアから千島列島方面へ南下し、イギリスなどは海上貿易と捕鯨を広げます。

外国船は、貿易、漂流民の送還、食料・水の補給、敵国船の探索など異なる目的で来航しました。

三つの出来事

人物・事件 主な内容
1792 ラクスマン 根室へ来航。日本人漂流民を送り届け、通商を求める
1804 レザノフ 長崎へ来航。ロシアとの通商を求めるが幕府は拒否
1808 フェートン号事件 イギリス軍艦がオランダ船を探して長崎港へ侵入

ラクスマンには、幕府が長崎で交渉するための証明書を与えました。レザノフの要求は最終的に拒否されます。

フェートン号事件が示したもの

イギリスとオランダが敵対していた世界情勢の中、フェートン号はオランダ国旗を使って長崎へ入りました。日本側は十分に防げず、人質を取られ、食料・水を渡して退去させます。

この事件は、長崎警備と海防の弱さを明らかにしました。

鎖国体制とのずれ

鎖国体制は、来航相手と窓口を幕府が選べることを前提にしていました。しかし外国船が幕府の許可なく近づけば、追い払う軍事力と交渉する外交知識が必要です。

世界の動きが、江戸時代初期に作られた対外体制へ新しい圧力をかけました。

よくある間違い

「ラクスマン・レザノフ・フェートン号はすべて同じ国」「全員が江戸湾へ来た」は誤りです。国、場所、目的、年を組み合わせます。

自分で確かめよう

確認1:1792年に根室へ来たロシア人はだれですかラクスマンです。
確認2:1804年に長崎で通商を求めたのはだれですかロシアのレザノフです。
確認3:フェートン号事件が示した問題は何ですか長崎警備・海防の弱さと、ヨーロッパの国際関係が日本にも影響することです。

次は幕府の異国船打払令と、それを批判した蘭学者への弾圧を学びます。

クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。