このレッスンの役割
前のレッスンでは、シベリア出兵への思惑も米価不安の一因になったことを学びました。今回は出兵そのものを、ロシア革命と日本の大陸政策から考えます。
中心技能は、連合国共通の名目と日本独自のねらいを分けることです。
出兵の背景
ロシア革命後、ボリシェヴィキ政権はドイツと講和し戦争から離脱しました。連合国は、ロシアに置かれた軍需物資やチェコスロヴァキア軍団の救援、社会主義革命の拡大を心配しました。
1918年、アメリカなどとともに日本もシベリアへ軍を送りました。
日本の大規模な出兵
| 共通の名目 | 日本独自のねらい |
|---|---|
| チェコスロヴァキア軍団救援 | シベリア・満州への影響拡大 |
| 軍需物資の保護 | 反ボリシェヴィキ勢力の支援 |
| 東部戦線再建への期待 | ロシア沿海州の安全保障 |
| 社会主義拡大への警戒 | 大陸での権益確保 |
日本は他国より大規模な兵力を送り、他の連合国が撤兵した後も駐留を続けました。
なぜ長期化したのか
ロシア内戦の状況が変化 → 白軍勢力が後退 → 当初の共同目的が失われる しかし → 日本国内の軍・政府で撤兵方針がまとまらない + 現地権益と安全保障への期待 → 駐留が長期化
日本軍は1922年までシベリア本土に駐留しました。北樺太からの撤兵はさらに後です。
結果
多額の軍事費と死傷者を出しましたが、安定した勢力圏を作る目的は達成できませんでした。ソヴィエト政権との不信も深まりました。
よくある間違い
「シベリア出兵は第一次世界大戦でドイツ軍と戦うためだけだった」という誤りです。ロシア革命後の内戦干渉と、日本の大陸権益が大きな要因でした。
確認1:シベリア出兵の共通名目を一つ答えましょう。
チェコスロヴァキア軍団救援、軍需物資保護、東部戦線再建、社会主義への警戒などです。
確認2:日本独自のねらいは何でしたか。
シベリア・満州への影響拡大、反ボリシェヴィキ勢力支援、大陸での権益確保などです。
確認3:出兵が長期化した理由は何ですか。
軍・政府内で撤兵方針がまとまらず、現地権益と安全保障への期待を持ち続けたからです。
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戦後、民族自決への期待は日本の植民地だった朝鮮にも広がります。次は三・一独立運動を学びます。
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