このレッスンの役割
前のレッスンでは、ロシア離脱とアメリカ参戦が1918年の力関係を変えたことを学びました。今回は、ドイツが最後の攻勢をかけながら敗北へ向かった理由を考えます。
中心技能は、前線の戦況と国内の物資・政治を一つの因果関係として説明することです。
ドイツの春季攻勢
ロシアとの講和後、ドイツは東部の兵力を西へ移し、1918年春に大攻勢を行いました。アメリカ兵が本格的に増える前に勝負を決めようとしたのです。
ドイツ軍は大きく前進しましたが、決定的勝利を得られませんでした。前進するほど補給路が伸び、兵士と物資を消耗しました。
連合国の反撃
連合国は指揮をまとめ、戦車・航空機・大砲・増え続けるアメリカ兵を組み合わせて反撃しました。1918年夏以降、ドイツ軍は後退します。
| 同盟国側の問題 | 連合国側の強まり |
|---|---|
| 海上封鎖による食料・原料不足 | アメリカの物資・資金・兵士 |
| 長年の死傷者と疲労 | 植民地を含む広い資源 |
| 同盟国の戦線崩壊 | 指揮と攻撃の連携 |
| 国内の反戦・革命運動 | 海上輸送の維持 |
同盟国の崩壊
ブルガリア、オスマン帝国、オーストリア=ハンガリーが次々に休戦しました。ドイツでも水兵の反乱から革命が広がり、皇帝ヴィルヘルム2世が退位しました。
1918年11月11日、ドイツは休戦協定に署名し、戦闘が止まりました。
休戦と講和は違う
休戦は戦闘を止める合意です。戦後の領土・賠償・国際秩序を定める講和条約とは別です。ベルサイユ条約は翌1919年に結ばれました。
確認1:ドイツが1918年春に攻勢を急いだのはなぜですか。
ロシア離脱で兵力を西へ移せるようになり、アメリカ兵が本格的に増える前に勝負を決めようとしたからです。
確認2:同盟国側が戦争を続けにくくなった理由を二つ答えましょう。
海上封鎖による物資不足、兵士の消耗、同盟国の離脱、国内の反戦・革命などです。
確認3:休戦と講和の違いは何ですか。
休戦は戦闘を止める合意、講和は戦後の領土や賠償などを定めて戦争状態を終える取り決めです。
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最後に、開戦から休戦までを地図と年表で統合し、どの転換点が戦争の方向を変えたかを説明します。
クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。