このレッスンの役割
前回までヨーロッパの戦争を学びました。今回は、長期化する日中戦争とヨーロッパ情勢が、日本の南進、アメリカの制裁、日米交渉へどう結びついたかを扱います。
中心技能は、日本が対米英戦争へ進んだ過程を、資源・同盟・外交・戦争継続の選択で説明することです。次は真珠湾攻撃と初期の占領拡大へ進みます。
おすすめの学び方
「石油を止められたから戦争しかなかった」と考えず、その前の日本の行動と、残っていた選択肢を確認しましょう。
三国同盟と南進
1940年、日本はドイツ・イタリアと日独伊三国同盟を結びました。アメリカをけん制し、ヨーロッパで勝利を重ねるドイツの力を利用しようとしました。しかしアメリカからは、日本が枢軸国側へ近づいたと見え、対立を強めました。
日本は中国への補給路を断ち、東南アジアの石油やゴムなどの資源へ近づくため、フランス領インドシナへ進駐しました。特に1941年の南部仏印進駐に対し、アメリカは日本資産を凍結し、石油輸出を事実上止めました。
| 日本の行動 | アメリカなどの反応 | 日本国内の判断 |
|---|---|---|
| 日中戦争を継続 | 中国を支援 | 支援ルートを断ちたい |
| 三国同盟を締結 | 警戒を強める | 米国をけん制できると期待 |
| 南部仏印へ進駐 | 資産凍結・石油禁輸 | 備蓄が減る前に決断が必要と考える |
| 南方資源地帯を狙う | 英米との戦争の危険 | 短期で有利な条件をつくろうとする |
日米交渉
アメリカは中国・仏印からの撤兵などを求め、日本は日中戦争の成果を失うことを受け入れにくいと判断しました。交渉は続きましたが、日本政府と軍は一定期限までに合意できなければ開戦する方針を準備しました。
戦争は自然災害のように起きたのではありません。中国から撤退する、南進を止める、交渉を続ける、開戦するという選択肢の中で、政府と軍が戦争を選びました。
よくある間違い
「アメリカが石油を禁輸して日本を戦争へ追い込んだ」だけでは因果の半分です。禁輸は重大な圧力でしたが、その背景には日本の日中戦争、三国同盟、仏印進駐がありました。
自分で確かめよう
確認1:日本が南進した二つの目的は?
中国への補給路を断つことと、石油・ゴムなどの資源地帯へ近づくことです。確認2:石油禁輸はどの行動への反応として強まった?
1941年の南部フランス領インドシナへの進駐です。確認3:開戦は避けられない唯一の道だった?
いいえ。撤兵や南進停止、交渉継続など代償を伴う別の選択肢があり、政府と軍が開戦を選びました。まとめと次の一歩
日中戦争を終えられない日本は南進し、制裁で資源不足が迫る中、撤退より短期戦を選びました。次はその初撃である真珠湾攻撃と、初期の占領拡大を学びます。
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