このレッスンの役割
前のレッスンでは、ベルサイユ条約がドイツを軍事・経済的に制限したことを学びました。今回は、オーストリア=ハンガリー・ロシア・オスマンなどの帝国崩壊後に国境がどう引き直されたかを考えます。
中心技能は、民族自決を「一民族一国家が完全に実現した」とせず、成果と限界で評価することです。
民族自決とは
民族自決は、民族が自分たちの政治的な帰属や国家の形を決めるという考えです。ウィルソンが戦後原則として掲げました。
帝国の崩壊 → 支配下の民族が独立を要求 → 新しい国家と国境 → しかし民族が混住 → 新国家の中に少数民族が残る
新しく成立・再建された国々
- ポーランド
- チェコスロバキア
- セルブ・クロアート・スロヴェーン王国(後のユーゴスラビア)
- フィンランド
- エストニア・ラトビア・リトアニア
- オーストリア・ハンガリーの分離
地図では、帝国の領域が複数国へ分かれたことを確認します。
なぜ完全に民族別にできないのか
人々は地図上で色分けできるように住んでいたわけではありません。都市・農村・国境地帯で民族・言語・宗教が混在していました。
一つの民族をまとめる国境 → 別の民族をその内側へ含む → 少数民族問題 → 国境変更要求と対立
たとえばチェコスロバキアには多くのドイツ系住民が暮らす地域がありました。後にナチス・ドイツがこの問題を利用します。
適用範囲の限界
民族自決は主にヨーロッパの敗戦帝国へ適用されました。アジア・アフリカの植民地には同じように独立が認められませんでした。
ヨーロッパでは新国家 一方 植民地では委任統治や既存支配 → 理想と適用の不平等
確認1:民族自決とはどんな考えですか。
民族が自分たちの政治的な帰属や国家の形を決めるという考えです。
確認2:民族自決で少数民族問題が残ったのはなぜですか。
民族が地域ごとに完全に分かれて住んでおらず、新しい国境の内側に別民族が残ったからです。
確認3:民族自決の適用にはどんな不平等がありましたか。
主にヨーロッパへ適用され、アジア・アフリカの植民地には独立が広く認められなかったことです。
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次は、敗戦国の旧植民地を「独立させる準備」として列強が管理した委任統治の矛盾を考えます。
クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。