このレッスンの役割
前回は、イタリアでファシスト党が暴力と既存権力の選択を通じて政権へ入った過程を学びました。今回は、ドイツのナチ党が1930年代初めに支持を広げた背景を扱います。
中心技能は、ナチ党の台頭を一つの原因ではなく、経済・政治・宣伝・暴力の組み合わせで説明することです。次は、政権獲得後に民主的制度を解体した過程へ進みます。
おすすめの学び方
ヒトラーの演説だけに注目せず、だれが何に不安を感じ、どの約束に引かれたかを分けて考えましょう。
ワイマール共和国が抱えた不安
第一次世界大戦後のドイツでは、民主的なワイマール共和国が成立しました。しかし、ベルサイユ条約への不満、1923年の激しいインフレーション、政党の分立などがありました。
1920年代後半には一時安定しましたが、アメリカ資金への依存が大きく、世界恐慌で失業が急増しました。議会で安定した多数派をつくれず、緊急命令に頼る政治も増えました。
ナチ党が示した「簡単な答え」
ナチ党は、雇用回復、条約の打破、共産主義の阻止、強い国家を訴えました。同時に、ユダヤ人などを社会問題の原因であるかのように扱う反ユダヤ主義と排外主義を広めました。複雑な問題を特定集団の責任にする説明は、事実に反していても不安の中で広がりやすくなります。
| 支持を広げた要素 | どのように働いたか |
|---|---|
| 大量失業 | 既成政党への失望を強めた |
| 宣伝 | 指導者像と単純な約束を繰り返した |
| 突撃隊の暴力 | 反対派の集会や活動を妨害した |
| 保守政治家の判断 | ヒトラーを制御できると誤って考えた |
| 選挙 | 合法的に議席と影響力を増やした |
ナチ党は一度の選挙で国民全員の過半数から自由な支持を得たわけではありません。1932年7月選挙で第一党になりましたが過半数ではなく、その後得票を減らした時期もあります。
首相任命
1933年1月、ヒンデンブルク大統領はヒトラーを首相に任命しました。保守政治家たちは、連立政権の中でヒトラーを利用し制御できると考えました。この判断が、ナチ党へ国家権力を渡す重大な転換になりました。
よくある間違い
「ドイツ国民が全員、最初からナチ党を支持した」と考えないようにします。支持、消極的な容認、恐怖による沈黙、反対、抵抗が同時に存在しました。
自分で確かめよう
確認1:世界恐慌はナチ党へどんな機会を与えた?
失業と政治不信を広げ、既成政党ではなく強い指導者と急進的政策を求める人を増やしました。確認2:ナチ党は選挙だけで独裁を完成させた?
いいえ。選挙で第一党となり首相に任命された後、暴力と非常措置、法律で制度を壊しました。確認3:台頭を四つの要素で説明しよう
例:恐慌による失業、宣伝、突撃隊の暴力、保守政治家による首相任命が組み合わさりました。まとめと次の一歩
ナチ党は恐慌と政治不信を利用し、宣伝・暴力・選挙・保守層の協力を通じて政権へ入りました。次は、首相になったヒトラーが民主主義をどのように解体したかを追います。
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