このレッスンの役割
前回は、宥和政策がドイツの拡大を止められなかった理由を学びました。今回は、ナチス・ドイツとソ連の協定、ポーランド侵攻、英仏の宣戦をつなぎます。
中心技能は、思想的に対立する二国が一時的に協定を結んだ利害を説明し、開戦までの順序を正しく並べることです。次は、ドイツ軍の攻撃でフランスが敗れ、イギリスが抵抗した過程へ進みます。
おすすめの学び方
国の「友好」ではなく、その時点で何を避け、何を得たいかという利害で読みましょう。
なぜドイツとソ連が協定を結んだ?
1939年8月、ドイツとソ連は独ソ不可侵条約を結びました。ナチズムは反共産主義を掲げ、両国は思想的に対立していました。それでも、ドイツはポーランドへ侵攻する際に東西二正面で戦うことを避けたいと考えました。ソ連は軍備を整える時間と、西側から距離を取る安全地帯を求めました。
秘密議定書では、東ヨーロッパを両国の勢力圏に分ける合意がありました。小国の主権を当事国抜きで分けた点が重要です。
開戦までの順序
| 日付 | 出来事 | 意味 |
|---|---|---|
| 1939年8月 | 独ソ不可侵条約 | ドイツが東方の当面の安全を得る |
| 9月1日 | ドイツがポーランド侵攻 | 武力による領土拡大 |
| 9月3日 | イギリス・フランスがドイツへ宣戦 | ヨーロッパで第二次世界大戦が始まる |
| 9月17日 | ソ連がポーランド東部へ侵攻 | 秘密合意に沿う分割が進む |
アジアではすでに1937年から日中戦争が続いていました。「第二次世界大戦の始まり」は、地域と教科書上の区切りを意識して説明します。
ポーランドの立場
ポーランドはドイツとソ連の東西から侵攻され、国家としての抵抗を続けながら占領されました。占領下では住民への迫害、知識人の殺害、ユダヤ人の隔離などが進みました。
地図上で国境が変わることは、線が動くだけではありません。統治者が変わり、住民の権利・安全・言語・財産が左右されます。
よくある間違い
「独ソ不可侵条約でドイツとソ連は同じ思想の同盟国になった」とするのは誤りです。互いの利害による一時的な協定で、1941年にはドイツがソ連へ侵攻します。
自分で確かめよう
確認1:ドイツが条約で避けたかったことは?
ポーランド侵攻時に、東のソ連と西の英仏を同時に相手にする二正面戦争です。確認2:秘密議定書の問題は何?
東ヨーロッパの国々の主権を無視し、大国が勢力圏として分けたことです。確認3:ヨーロッパでの開戦の順序を言おう
独ソ不可侵条約、ドイツのポーランド侵攻、英仏の対独宣戦、ソ連の東部侵攻です。まとめと次の一歩
独ソ不可侵条約は両国の一時的な利害を満たし、ポーランド分割とヨーロッパでの開戦を可能にしました。次は、ドイツ軍が西ヨーロッパを急速に制圧した理由を調べます。
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