LESSON 01

国際社会へ復帰する日本

日中共同声明は冷戦下の外交をどう変えたのか

1972年の日中国交正常化を、冷戦構造と東アジアの変化から理解します。

このレッスンの役割

沖縄返還と同じ1972年、日本は中華人民共和国との国交を正常化しました。ここでは、なぜこの時期に日中関係が大きく動いたのかを、世界の冷戦構造と結びつけます。

今日の問い

日本と中国は、なぜ1972年に国交を正常化できたのでしょうか。

背景は世界の関係変化

戦後の中国では1949年に中華人民共和国が成立しました。日本は長く台湾の中華民国政府と外交関係を結んでいました。しかし、1960年代後半からアメリカと中華人民共和国の接近が進み、1971年には国連で中華人民共和国政府の代表権が認められました。1972年にはアメリカのニクソン大統領が中国を訪問しました。

この変化の中で、日本も中国との関係を見直しました。

1972年の日中共同声明

内容 意味
日本と中華人民共和国の国交を正常化 正式な外交関係を開始
日本は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と承認 中国を代表する政府について立場を変更
戦争状態を終わらせ、平和友好関係を進める 経済・人的交流の基礎をつくった

台湾については、中華人民共和国側が台湾を自国領の不可分の一部とする立場を表明し、日本側はその立場を「十分理解し、尊重する」としました。日本が同じ文言で台湾の主権を承認した、と言い換えないよう注意します。

日中国交正常化を生んだ国際環境 米中接近、国連での中国代表権の変化、日中共同声明が順に進む流れ。 米中接近国際環境の変化 1971年国連代表権の変化 1972年日中国交正常化

1978年の平和友好条約へ

1978年、日本と中国は日中平和友好条約を結びました。1972年の共同声明で国交を正常化し、1978年の条約で平和友好関係の原則を条約として確認した、と順序を整理します。

よくある誤解

日中国交正常化の年を、日韓基本条約の1965年と混同しやすいです。「1965年は韓国、1972年は中国と沖縄返還」と組にして覚えましょう。

自分で説明してみよう

日中国交正常化を可能にした国際環境の変化を一つ挙げ、1972年の共同声明と1978年の条約の関係を説明してください。

クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。