LESSON 01

国際社会へ復帰する日本

日本はなぜ独立後すぐ国連へ入れなかったのか

独立の回復と国連加盟の違いを、冷戦の対立から理解します。

このレッスンの役割

このセクションでは、日本が第二次世界大戦後に国際社会へ戻っていく過程を学びます。最初に、「主権を回復すること」と「国際連合へ加盟すること」は別だと整理します。ここが分かると、次の「日ソ共同宣言が国連加盟につながった理由」を説明できます。

今日の問い

日本は1952年に独立を回復したのに、なぜ国連加盟は1956年まで待たなければならなかったのでしょうか。

まず三つの段階を分けよう

段階 主な出来事 意味
戦争の終結後 連合国軍による占領 日本は主権を制限された
1952年 サンフランシスコ平和条約の発効 日本が主権を回復した
1956年 国際連合へ加盟 国際機関で正式に活動できるようになった

独立した国なら自動的に国連へ入れるわけではありません。当時の国連加盟には、安全保障理事会の勧告と総会の決定が必要でした。安全保障理事会では、アメリカとソ連を中心とする冷戦の対立が強く、日本の加盟問題もその影響を受けました。

占領から国連加盟までの時間の流れ 1945年の敗戦と占領、1952年の主権回復、1956年の国連加盟を矢印で示す。 1945敗戦・占領 1952主権回復 1956国連加盟

冷戦が加盟を難しくした

日本はアメリカを中心とする西側陣営との関係を深めました。一方、ソ連とは戦争状態を終わらせる正式な合意がまだなく、国交もありませんでした。ソ連が日本の加盟に反対したため、国連加盟は進みませんでした。

因果関係は次の順です。

  1. 東西の冷戦が続く
  2. 日本は西側陣営に位置づけられる
  3. ソ連との国交がない
  4. ソ連が日本の国連加盟に反対する
  5. 加盟には日ソ関係の改善が必要になる

よくある誤解

「サンフランシスコ平和条約で、すべての国との戦争状態が同時に終わった」と考えないようにしましょう。ソ連はこの条約に署名していません。だから、独立回復後にも日ソ間の問題が残りました。

自分で説明してみよう

「日本の独立回復」と「国連加盟」を、それぞれ一文で説明してください。さらに、国連加盟が遅れた理由を「冷戦」「ソ連」の二語を使って説明できれば合格です。

クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。