このレッスンの役割
前のセクションでは、米ソを中心に世界が分かれた冷戦を学びました。ここでは、その対立が朝鮮半島の分断につながった過程を理解します。次は1950年の開戦と戦線の動きを追います。
植民地支配の終わりと二つの占領地域
朝鮮は1910年から日本の植民地支配を受けていました。1945年8月の日本敗戦で植民地支配は終わりましたが、北緯38度線を境に、北側へソ連軍、南側へアメリカ軍が入りました。当初から永久分断が決まっていたわけではありません。
しかし、米ソ対立が強まる中で統一政府を作る話し合いはまとまりませんでした。1948年、南に大韓民国、北に朝鮮民主主義人民共和国が成立しました。
分断を因果で説明する
日本の敗戦
→ 米ソが南北を分けて占領
→ 冷戦で協力が難しくなる
→ 南北に別の政府が成立
→ 双方が朝鮮半島全体の正統な政府を主張
大切なのは、「民族や言語が違ったから自然に分かれた」のではないことです。日本の植民地支配の終結と米ソ冷戦という国際情勢が大きく影響しました。
間違えやすい点
北緯38度線は朝鮮戦争後の軍事境界線と完全に同じではありません。休戦後の軍事境界線は戦闘の結果を反映して38度線付近を通っていますが、一致しません。
確認1:1945年に朝鮮半島へ入った二つの国は?
北側にソ連、南側にアメリカです。確認2:南北の政府が成立した年は?
1948年です。確認3:分断の背景を二つ挙げると?
日本の植民地支配の終結と、アメリカ・ソ連の冷戦対立です。次へ進む前に
1945年の分割占領と1948年の二政府成立を混同せず、出来事の間に冷戦の進行を入れて説明できれば合格です。次は朝鮮戦争の開戦を見ます。
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