このレッスンの役割
国際連合は戦後協調を目指しましたが、戦争中に同じ側で戦ったアメリカとソ連は急速に対立しました。ここでは、冷戦を単なる「仲が悪い状態」ではなく、体制と安全保障をめぐる構造的な対立として理解します。
共通の敵がいなくなった
第二次世界大戦中、アメリカとソ連はドイツや日本という共通の敵と戦いました。しかし、戦後の社会をどう作るかについて考えが異なりました。
| アメリカを中心とする側 | ソ連を中心とする側 |
|---|---|
| 資本主義を基本とする | 社会主義を基本とする |
| 複数政党制や自由選挙を重視 | 共産党を中心とする政治を広げる |
| 市場経済を重視 | 国家による計画経済を重視 |
ただし、冷戦を思想だけで説明すると不十分です。ソ連はドイツから繰り返し侵攻された経験から、東ヨーロッパに友好的な国を置いて安全を確保しようとしました。アメリカ側は、それを社会主義の拡大と見て警戒しました。双方の「守りたい」という行動が、相手には「攻める準備」に見えたのです。
鉄のカーテン
東ヨーロッパではソ連の影響下で社会主義政権が成立しました。1946年、イギリスの元首相チャーチルは、ヨーロッパを分ける「鉄のカーテン」が下りたと表現しました。
「冷たい戦争」の意味
米ソは全面的な直接戦争を避けましたが、軍備拡張、同盟、経済援助、宣伝、代理戦争などで競いました。そのため「冷戦」と呼ばれます。戦争が一度も起きなかったという意味ではありません。
確認1:冷戦の二つの原因を挙げると?
資本主義と社会主義という体制の違い、そして互いの安全保障への不安です。確認2:「鉄のカーテン」は何を表した?
ソ連の影響下にある東ヨーロッパと西側諸国の分断です。確認3:冷戦中に戦争はなかった?
いいえ。米ソの直接全面戦争は避けられましたが、各地で代理戦争や地域紛争が起きました。次へ進む前に
「体制の違い」と「安全保障への不安」が不信の循環を生み、政治・経済・軍事の対立へ進んだと説明できれば合格です。次は、それぞれの陣営を固めた経済政策を学びます。
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