このレッスンの役割
ドイツの分断で東西対立は地図上に表れました。ここでは、対立が軍事同盟として制度化された過程を学びます。次は、冷戦がアジアへ広がる背景となった中国革命へ進みます。
西側のNATO
1949年、アメリカや西ヨーロッパ諸国は北大西洋条約機構(NATO)を結成しました。加盟国の一国への攻撃を全体への攻撃とみなし、共同で防衛する集団防衛の仕組みです。
1955年には西ドイツがNATOに加盟しました。これに対し、ソ連と東ヨーロッパ諸国は同年、ワルシャワ条約機構を結成しました。
| 西側陣営 | 東側陣営 |
|---|---|
| NATO | ワルシャワ条約機構 |
| 1949年結成 | 1955年結成 |
| アメリカ中心 | ソ連中心 |
| 集団防衛 | 西側に対抗する共同防衛 |
同盟は安心と緊張を同時に生む
同盟国に守られる国は、単独より安全だと感じられます。しかし相手側から見れば、大きな軍事集団が自分たちを囲むように見えます。相手も軍備を強化し、さらに警戒が高まります。
このように、自国を守る行動が相手の不安を高め、結果として自国も危険になる状態を安全保障のジレンマといいます。
間違えやすい点
NATOとワルシャワ条約機構は同じ年に成立していません。NATOが先です。また、冷戦はヨーロッパだけの対立ではなく、軍事同盟や地域紛争を通じて世界各地へ広がりました。
確認1:NATOが成立した年は?
1949年です。確認2:ワルシャワ条約機構成立の直接的なきっかけの一つは?
1955年の西ドイツのNATO加盟です。確認3:安全保障のジレンマとは?
自国を守るための軍備強化が相手の警戒と軍備強化を招き、双方の緊張が高まることです。次へ進む前に
軍事同盟が「守り」と「緊張」の両方を生んだと説明できれば合格です。次はアジアで社会主義国が成立した中国革命を学びます。
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