このレッスンの役割
南北に別の政府が成立したあと、対立は1950年に戦争へ発展しました。ここでは、半島内の戦争にアメリカ中心の国連軍と中国が加わり、冷戦の国際的な戦争になった過程を学びます。
開戦から戦線の往復へ
1950年6月、北朝鮮軍が北緯38度線を越えて南へ進みました。韓国側は釜山周辺まで追い込まれます。安全保障理事会の決議にもとづき、アメリカ軍を中心とする国連軍が韓国を支援しました。
国連軍が仁川上陸作戦などで反撃し北へ進むと、中国人民志願軍が北朝鮮側を支援して参戦しました。戦線は再び南へ押し戻され、その後は38度線付近でこう着しました。
| 段階 | 主な動き |
|---|---|
| 1950年6月 | 北朝鮮軍が南進 |
| 1950年秋 | 国連軍が反撃し北進 |
| 1950年秋以降 | 中国人民志願軍が参戦 |
| 1951年ごろから | 38度線付近でこう着、休戦交渉 |
なぜ国連軍を送れたのか
当時、ソ連は中華人民共和国の国連代表権問題を理由に安全保障理事会を欠席していました。そのため拒否権を使えず、北朝鮮の侵攻を退けるための決議が成立しました。ここは国際連合と冷戦を結ぶ入試の重要点です。
間違えやすい点
「国連軍」は世界中の国が同じ割合で参加した軍ではなく、アメリカ軍が中心でした。また、中国は正式な国軍の名称ではなく「人民志願軍」として参戦しました。
確認1:朝鮮戦争が始まった年は?
1950年です。確認2:北朝鮮側を大規模に支援して参戦した国は?
中国です。確認3:ソ連が拒否権を使わなかった理由は?
安全保障理事会を欠席していたためです。次へ進む前に
北朝鮮軍、国連軍、中国人民志願軍の順に戦線が動いたことを説明できれば合格です。次は、なぜ勝敗を決めず休戦したのかを学びます。
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