LESSON 01

幕府滅亡と明治維新

薩長同盟はなぜ成立し、幕府の長州征討を変えたのか

薩摩・長州の利害、坂本龍馬らの仲介、武器調達、第二次長州征討の失敗をつなぎ、倒幕勢力形成の条件を理解します。

このレッスンの役割

薩摩と長州は、京都の政局などで対立していました。それでも1866年に薩長同盟が成立します。今回は、仲が良くなったという感情ではなく、共通利益から協力が生まれたことを学びます。

中心技能は、両藩が相手から何を必要とし、同盟が幕府との力関係をどう変えたかを説明することです。

おすすめの学び方

「薩摩が提供できるもの」「長州が必要なもの」「共通の相手」を書きます。

両藩の事情

長州藩は幕府から敵視され、武器購入や外交で不利な立場にありました。薩摩藩は幕府の政治へ不満をもち、自藩の力を保ちながら国政の主導権を求めます。

薩摩 長州
幕府の長州処分へ距離を置く 幕府の征討に備える必要
貿易・武器調達の経路をもつ 西洋式武器を必要とする
国政の主導権を求める 藩の存続と倒幕を目指す

坂本龍馬や中岡慎太郎らの仲介もあり、両藩は協力へ進みました。

薩長同盟の意味

同盟は一枚の近代的な軍事条約だけでなく、薩摩が長州を支援し、幕府の攻撃に対して協力する合意です。

共通の目的があるため、過去の対立を越えて連携しました。

第二次長州征討

幕府は長州藩を処分するため再び軍を進めました。しかし薩摩藩は積極的に協力せず、長州藩は改革した軍隊と西洋式武器で抵抗します。

戦いの途中で将軍徳川家茂が死去したこともあり、幕府は征討を続けられませんでした。

この失敗は、幕府が全国の諸藩を従えて軍事行動を成功させる力を失いつつあることを示しました。

同盟だけで幕府は倒れていない

薩長同盟は重要ですが、それだけで幕府が直ちに滅亡したわけではありません。幕府側にも徳川慶喜の改革や外交努力がありました。

次に、慶喜が大政奉還を選び、政治の主導権を残そうとした戦略を学びます。

よくある間違い

「坂本龍馬一人が同盟を命令した」「同盟成立日に倒幕が決まった」は誤りです。藩の利害、仲介、武器・軍事、幕府の失敗が組み合わさりました。

自分で確かめよう

確認1:長州が薩摩の協力を必要とした理由は何ですか幕府の征討に備え、武器調達や政治的支援を必要としていたからです。
確認2:第二次長州征討の失敗は何を示しましたか幕府が諸藩をまとめ、全国的な軍事行動を行う力が弱まったことです。
確認3:同盟成立だけで幕府滅亡を説明できないのはなぜですか幕府の改革、大政奉還、王政復古、戊辰戦争など、その後の政治選択が必要だからです。

次は徳川慶喜の大政奉還を、降伏ではなく主導権を残す政治戦略として読みます。

クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。