このレッスンの役割
前のレッスンでは、政府がプロイセンの憲法を主に参考にした理由を学びました。ここでは、1889年に発布された大日本帝国憲法の基本的な性格をつかみます。
1889年2月11日の発布
大日本帝国憲法は、1889年2月11日に発布されました。天皇が国民に与えるという形をとったため、欽定憲法と呼ばれます。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 発布 | 憲法を正式に広く示すこと |
| 施行 | 憲法を実際に効力あるものとして運用すること |
| 欽定憲法 | 君主が制定して国民に与える形の憲法 |
| 民定憲法 | 国民の意思に基づいて制定される憲法 |
大日本帝国憲法は1889年に発布され、1890年に施行されました。同じ年ではありません。
主権者は天皇
憲法では、天皇が国を統治する主権者とされました。ただし、憲法がない専制政治に戻ったわけではありません。天皇も憲法の条文に従い、国務大臣の輔弼を受けて統治する立憲君主制でした。
「天皇に強い権限がある」と「憲法による政治」の両方を押さえます。
国民は「臣民」
憲法では国民を臣民と呼びました。臣民には法律の範囲内で権利が認められる一方、兵役や納税などの義務もありました。
憲法発布 → 国家機関の権限を文章で定める → 帝国議会と選挙を始める土台ができる → 日本が立憲国家であることを国内外に示す
なぜ2月11日だったのか
2月11日は当時、神武天皇の即位日とされた紀元節でした。天皇を中心とする国家の歴史的な正統性を示す意味を持たせました。日付も政治的なメッセージだったのです。
間違えやすいポイント
- 発布は1889年、施行と第1回帝国議会は1890年
- 欽定憲法は、国民投票で決めた憲法ではない
- 憲法ができたことと、主権が国民にあることは同じではない
- 大日本帝国憲法の国民は条文で「臣民」と呼ばれた
確認1:欽定憲法とはどのような憲法ですか。
君主が制定し、国民に与える形をとる憲法です。
確認2:発布と施行の違いを答えましょう。
発布は正式に広く示すこと、施行は実際に法的な効力を持たせて運用することです。
確認3:大日本帝国憲法の主権者はだれですか。
天皇です。
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次は、天皇が持つ大権を、立法・行政・軍事・外交に分けて整理します。