このレッスンの役割
市民革命の最初として、17世紀イギリスを扱います。中心技能は、出来事名を暗記して並べるのではなく、国王と議会の対立から議会政治が強まる因果を説明することです。
おすすめの学び方
年号だけを覚えず、「王がしたこと」「議会が求めたこと」「その結果」の三列で整理してください。
王と議会はなぜ対立したのか
国王は戦争などの費用を得るために税を必要としました。議会は、王が同意なく課税したり、人々を不当に逮捕したりすることへ反対します。
1628年、議会は権利の請願を提出し、議会の同意なき課税や不当な逮捕をやめるよう求めました。
ピューリタン革命
国王チャールズ1世と議会の対立は内戦へ進みました。議会側はクロムウェルらの軍を中心に勝利し、1649年に国王を処刑して共和政を始めました。
しかし、クロムウェルの政治にも軍事的・独裁的な面があり、死後には王政が復活します。革命は一直線に民主政治へ進んだわけではありません。
名誉革命と権利章典
復活した国王が議会や宗教をめぐって対立すると、議会は1688年に国王を追放し、新しい国王夫妻を迎えました。大きな流血を伴わなかったため名誉革命と呼ばれます。
1689年の権利章典は、国王が議会の同意なく法律を停止したり課税したりできないことなどを定めました。
何が変わったのか
王が議会を無視して統治
→ 内戦と王の処刑
→ 王政復古でも対立
→ 名誉革命
→ 権利章典
→ 議会にもとづく立憲君主制が発達
王が消えたのではありません。王の権力が法と議会に制限されたのです。
誰が政治参加したのか
議会の力は強まりましたが、選挙権は財産をもつ一部の男性に限られました。女性や多くの労働者は参加できません。
「議会政治の成立」と「普通選挙の成立」を同じにしないことが大切です。
よくある間違い
「ピューリタン革命の直後から王は二度といなくなった」「名誉革命で全国民が投票した」は誤りです。王政復古と制限選挙を押さえましょう。
自分で確かめよう
確認1:権利の請願は何を求めましたか
議会の同意なき課税や不当な逮捕をやめることなどです。確認2:名誉革命後に王権を制限した文書は何ですか
1689年の権利章典です。確認3:イギリス革命の結果を一文で説明できますか
王の権力が法と議会に制限され、立憲君主制と議会政治が発達しました。次はアメリカ独立革命を学び、「代表なくして課税なし」と自由の範囲を考えます。
クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。