LESSON 01

近代化と立憲国家の入試総合

中央集権から立憲国家までを因果で説明しよう

明治政府の改革と自由民権運動を、国家統合と政治参加の二本線で統合します。

このレッスンの役割

前のレッスンで四本の年表を作りました。ここでは政治制度に絞り、「政府が国をまとめる動き」と「人々が参加を求める動き」を重ねます。

政府の国家統合

版籍奉還・廃藩置県 → 地方の藩を廃し、中央政府が全国を統治 → 徴兵令・地租改正・学制 → 全国共通の軍事・税・教育 → 憲法・内閣・議会を整備

人々の政治参加

征韓論争で政府が分裂 → 民撰議院設立建白書 → 自由民権運動が全国化 → 政党・私擬憲法 → 国会開設の勅諭 → 帝国議会

二本の線は対立するだけでなく、互いを動かしました。

到達点と限界

到達点:

  • 憲法に基づく国家制度
  • 選挙と帝国議会
  • 法律・予算の公開審議
  • 臣民の権利を明記

限界:

  • 天皇主権
  • 内閣は議会に責任を負わない
  • 選挙権は人口のごく一部
  • 権利は法律で制限されやすい

記述の型

問い: 自由民権運動は立憲国家の成立にどう影響したか。

解答例: 国会開設と憲法制定を求める運動が士族から豪農・農民へ広がり、政党や私擬憲法が生まれた。政府は運動を取り締まりつつ1890年の国会開設を約束し、政府主導で大日本帝国憲法を制定した。

確認1:中央集権化の中心となった改革は何ですか。

廃藩置県です。

確認2:人々の政治参加要求を示す出来事を二つ答えましょう。

民撰議院設立建白書、国会期成同盟、政党結成、私擬憲法などです。

確認3:立憲国家の成立を到達点と限界で説明しましょう。

憲法・選挙・議会が整った点は到達点ですが、天皇主権で選挙権と権利が制限された点が限界です。

次のレッスンへ

次は、不平等条約改正から日清・日露戦争、植民地化までを国際関係の一本線にします。