このレッスンの役割
運動が全国へ広がると、共通の政治目標を持つ人々が政党をつくりました。このレッスンでは、自由党と立憲改進党を比較し、政党政治の芽生えを捉えます。
政党とは何か
政党とは、共通する政策や政治の考えを持ち、その実現を目指す集団です。単なる応援団ではなく、国会で議論し、法律や予算に影響を与えることを目標とします。
二つの政党を比べる
| 見る点 | 自由党 | 立憲改進党 |
|---|---|---|
| 結成 | 1881年 | 1882年 |
| 中心人物 | 板垣退助 | 大隈重信 |
| 主な支持 | 地方の豪農・農民、民権派 | 都市の知識人・実業家など |
| 政治の傾向 | フランス流の自由主義の影響 | イギリス流の議会政治の影響 |
| 共通点 | 国会開設、憲法、国民の政治参加を求める | 国会開設、憲法、国民の政治参加を求める |
入試では違いだけでなく、共通点も問われます。どちらも政府の外から立憲政治を求めた点が重要です。
政府との距離
政党ができたからといって、すぐに国会が開かれたわけではありません。政府は運動を警戒し、集会や言論を取り締まりました。政党側も内部対立や資金不足、運動の激化などに悩みました。
政治の変化は、次のような緊張の中で進みます。
民権派:早く国会を開き、国民の意見を反映させたい ↕ 政府:急な政治参加は混乱を招くとして、政府主導で制度を整えたい
「自由党=自由、改進党=改革」だけでは足りない
名前だけで判断せず、人物と支持層を組み合わせます。
板垣退助―自由党―地方の民権派 大隈重信―立憲改進党―イギリス流議会政治
ただし、支持層は完全に分かれていたわけではなく、地域や時期によって違いがあります。表は大きな傾向として使いましょう。
確認1:自由党と立憲改進党の共通目標は何ですか。
国会を開き、憲法に基づく政治と国民の政治参加を実現することです。
確認2:板垣退助と大隈重信を、それぞれの政党と結びつけましょう。
板垣退助は自由党、大隈重信は立憲改進党です。
確認3:政党結成後も政府との対立が続いたのはなぜですか。
国会開設の時期や政治参加の広げ方について、民権派と政府の考えが異なっていたからです。
次のレッスンへ
民権派は国会を求めるだけでなく、自分たちで憲法案も考えました。次は私擬憲法から、人々が望んだ国の形を読み取ります。