このレッスンの役割
前のセクションでは、工場・交通・軍隊を支える産業化を学びました。ここでは、近代国家が人々に読み書きや共通の知識を教えるため、学校制度を整えた理由を考えます。
1872年の学制
明治政府は1872年に学制を発布し、全国に小学校をつくろうとしました。身分にかかわらず学ぶ機会を広げる方針でした。
政府が学校を必要とした理由:
- 読み書き・計算のできる人材を育てる
- 役人・技術者・教員を育てる
- 徴兵・納税など近代国家の制度を理解させる
- 全国で共通する知識と国家意識を広げる
教育は個人の成長だけでなく、国家づくりとも結びついていました。
すぐ全員が通えたわけではない
学校建設費や授業料を地域・家庭が負担することがあり、子どもは農作業や家事の重要な働き手でもありました。学校への反対や就学率の低さも見られました。
| 政府の目標 | 家庭の事情 |
|---|---|
| 子どもを学校へ通わせる | 授業料や学用品が負担 |
| 共通の時間割で学ぶ | 農繁期には労働力が必要 |
| 全国同じ制度 | 地域の生活・学習習慣とずれ |
制度ができることと、実際に利用できることは別です。
就学率の上昇
政府は制度を見直し、学校数を増やしました。産業化が進むと読み書き・計算の価値も高まり、就学率は次第に上昇します。20世紀初めには小学校教育が広く定着しました。
学制 → 学校設置 → 費用・労働の問題 → 制度改善と社会の変化 → 就学率上昇 → 新聞・産業・政治参加の土台
寺子屋との関係
江戸時代にも寺子屋などで読み書き・そろばんを学ぶ人はいました。明治の学校はゼロから教育を始めたのではなく、既存の学習文化を土台に、全国統一の制度へ組み替えました。
確認1:学制が発布された年はいつですか。
1872年です。
確認2:政府が全国教育を必要とした理由を二つ答えましょう。
読み書き・計算のできる人材を育てること、近代国家の制度や共通の国家意識を広げることなどです。
確認3:制度ができても就学が進まなかった理由は何ですか。
授業料や学校建設費の負担があり、子どもも農作業や家事の労働力だったからです。
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学校が広がると、何を教えて国民を育てるかが重要になります。次は教育勅語と国家が求めた道徳を考えます。