このレッスンの役割
前のレッスンでは、幕府が戦争を避けながら意見集約と海防を進めたことを学びました。今回は1854年の日米和親条約を読みます。
完成の目安は、「開国した=すぐ自由貿易が始まった」と混同せず、和親条約が認めたことと、まだ認めていないことを説明できることです。
ペリーの再来航
ペリーは回答を求めて1854年に再来航しました。幕府は軍事衝突を避け、アメリカと日米和親条約を結びます。
この条約により、幕府が管理してきた対外関係は大きく変わりました。
条約の主な内容
- 下田と函館を開く
- アメリカ船へ燃料・水・食料などを供給する
- 難破船員を保護する
- 下田にアメリカ領事を置くことを認める
- アメリカへ最恵国待遇を認める
港を開く主な目的は、船の補給や人の保護です。
まだ本格的な貿易条約ではない
| 日米和親条約 | 後の通商条約 |
|---|---|
| 補給・船員保護が中心 | 商品の輸出入を認める |
| 下田・函館を開く | 複数の港・都市で貿易 |
| 友好関係を結ぶ | 関税・外国人の裁判などを定める |
「港を開く」という言葉だけで、本格的な貿易が始まったと判断しないでください。
なぜ「開国」と呼ぶのか
幕府は、特定の相手・場所に限って管理された交流を行っていました。和親条約は、アメリカとの正式な国交と新しい港の利用を認め、その後ほかの国とも同様の条約を結ぶきっかけになりました。
すべての国境を自由にしたのではありませんが、対外政策の大きな転換です。
最恵国待遇とは
日本が後に別の国へ、アメリカより有利な条件を認めた場合、その条件をアメリカにも与える仕組みです。
「一番仲の良い国」という感情ではなく、条約上の待遇に関する制度です。
よくある間違い
「日米和親条約で横浜貿易がすぐ始まった」「最恵国待遇はアメリカだけを友人として扱うこと」は誤りです。補給港と通商港、感情と条約制度を分けます。
自分で確かめよう
確認1:開かれた二港はどこですか
下田と函館です。確認2:和親条約の中心目的は何ですか
アメリカ船への補給、難破船員の保護、国交の成立などです。確認3:本格的な貿易はこの条約で始まりましたか
いいえ。商品の輸出入を定める通商条約は後に結ばれます。次はハリスとの交渉と日米修好通商条約を学び、不平等な条件を具体的に見ます。
クイズと理解チェックは、アプリで挑戦できます。